ブサイクの悲哀。
「ヤマさん、ホシはどこへ行ったんでしょう」
煙草をの煙を吐きながらルーキー刑事のほうをチラリと見る。
「僕の勘では、もう祖国に飛んじゃってるんじゃないかと思うんですよね」
「あほか。俺たちもそこまで馬鹿じゃない。出国ルートはすべて張っている」
「でも、適当なボートでも手に入れて人目につかない海岸から出ちゃえばわからないでしょう?」
手に持った煙草を、再び口に咥える。
「そりゃさすがに無理がある」
「ですよね」
八方塞がりだ、とでもいうふうにルーキーはうなだれる。
デカの最大の武器は足だ。もちろん頭も使うが、最後にものをいうのは情報を集めるために歩き回る足であり、ホシを追いかけるために走る足だ。足がなけりゃあどうにもならねえ。だから今日も、ホシを見つけ出すために渋谷まで足を伸ばしていた。
「黒髪短髪、黒縁眼鏡、事件当時の恰好は茶色いジャケットに紺のジーンズ。背丈は175センチ前後のやせ過ぎず太り過ぎない男」
目撃情報を整理しながら、新人刑事はため息をつく。
「こんなの、目撃されてないも同然じゃないですか。どこにでもいますよ」
「いや、あとひとつ、目撃情報があるぜ」
「えっ、なんですって?その情報って?」
言うべきかどうかは迷っていたが、情報の共有は捜査の基本だ。
「あくまで煙草屋の婆さんの感想にすぎねえ情報なんだがな」
一呼吸おきながら、半分以上が灰になった煙草を携帯灰皿にねじ込む。ルーキーは身を乗り出して俺の言葉を待つ。
「ブサイクらしい」
「……え?」
「ブサイク。あくまで婆さんの感想だって言っただろ」
「はぁ」
「なんでもこの世のものとは思えない顔だそうだ。決して大火傷を負っているとか何十針も縫っているとか、そういうわけじゃねえ。ただただ、ナチュラルにブサイク」
「なんていうか……哀れですね」
同感だ。そこまでのブサイク、本当なら一目見てみたい。
喫煙所を出る。人の集まる場所でまた聞き込みだ。そう考えて渋谷駅へ向かう。
しかし、聞き込みをするまでもなかった。いた。とんでもないブサイクがいた。どう考えてもこいつだ。100人に聞いたら150人はブサイクだと評価する。それくらいのブサイクだ。
「ヤマさん」
「ああ」
ルーキーにもわかったらしい。俺は逸る気持ちを抑え、しかし突然逃げ出しても追いつけるように心構えしながらその男に近づいた。一歩、二歩と近づいていき、そしてあと一歩歩けばぶつかるところまで接近した。肩を叩き、こう声をかける。
「警察だ、身分を証明できるものある?」
多分、こんな感じであの警察官は僕に声をかけたんですよ。そうに違いない。自分で書いていて悲しくなった。