社畜ライターのチラ裏

社畜ライターが仕事から離れて好き勝手に書くブログ。

日本には少なくとも800人くらいの宇宙人がいる。

唐突だが、僕は埼玉西武ライオンズのファンである。ファン歴は1ヶ月ほどだ。そりゃあもう、ペーペーだ。選手の名前もまだ覚えきれていない。先輩ファンの皆様方におかれましては、なにとぞ生温かい目で見守っていただきたい。ライオンズファンとしてはルーキーの僕だが、プロ野球ファン歴自体は20年以上になる。この間の紆余曲折、というか一直線だった道はまた別の機会で語るとして、今回は別の話がしたい。

 

戸川大輔という選手がいる。申し訳ないが、僕はつい先週までこの選手のことを知らなかった。経歴を見ると北海高校から育成で入団、5年目にしてついに1軍の切符を掴んだという期待の若手のようだ。確かにプレーを見るとまだまだ荒削りだが、打撃には時々きらりと光るものがあり、夢を与えてくれる。早くコツを掴んで、来年メジャーに行くと言われている秋山翔吾の穴を埋めて欲しいものだ。このへんの「移籍の臭い」というのは、先輩ファン達なら的確に嗅ぎ分けるようだ。僕にはまだない能力である。

 

さて、その戸川である。6月1日のロッテ戦、彼はとんでもないエラーをしてくれた。ライトを守る彼のところに、ちょっと強めのライナーが飛んでいった。確かに打球は速いが、それなりに余裕を持って追いつけそうなところへ向かっていく。実際、戸川は打球に追いつきいったんはグローブにボールを収めた。しかし刹那の後、彼はボールをこぼしていた。前日にもエラーを記録している。彼の守備はやはり、かなり荒削りだ。

 

このプレーを見たときに、こう思った。「これくらい、俺でも捕れるぞ」と。「なんなら中学生でも捕れるわい」とも思った。だが考えてもみてほしい。彼はプロである。プロ野球選手。野球をすることを仕事にしている人だ。それも、ただのプロの仕事じゃない。野球という日本におけるメジャースポーツでプロになれるのはほんの一握り。全国各地にいる猛者のなかでもさらに選りすぐられた、異次元の如き人間にしかなれないプロという世界である。そんな人間が、高校野球すらドロップアウトした僕より下手なはずがない。もちろん、尖った選手というのはいるのだろう。フィクションの選手で申し訳ないが、ピノなどはその最たる例だろう。異次元の足の速さだけで飯を食う、紛れもないプロ野球選手だ。しかし、多くの場合は総合力が求められる。ピノの俊足に匹敵するレベルで突き抜けた能力を持つ選手など、そういない。ほとんどの選手は、走攻守のどれもが平均水準を優に超えているはずである。したがって、戸川も本当はとても上手いはずなのだ。

 

この時ふと思い出した友達がいる。小学6年生のときだった。僕は設立1年目の弱小野球クラブに所属していた。結局卒業するまで一度も勝てなかったくらいの弱小チームだ。風の噂だと、今では市内でもかなりの強豪になっているらしい。いや、それも10年近く前の話か。今どうなっているかはわからない。わからないが、勝ちの望みはないというチームではなくなったようだ。それは大変嬉しいことである。話が逸れた。とにかく弱小だったのだ。しかしなんの因果か、ある大会で市内ナンバー1、県内でもナンバー2という強豪と戦うことになった。そのチームは、少年野球のくせして二軍まであった。高校野球でもなかなかないぞ。そんな最強軍団を擁するのは、隣の学校である。当時の市内最強と最弱は隣同士だったのだ。どうせ勝てっこない。なんたって一度も勝ったことがないチームだ。とにかく野球ができるということを楽しもう。そういうスタンスの僕らにとっては、雲の上の存在だった。

 

試合当日の衝撃は今でも覚えている。衝撃を受けたのは相手選手の身のこなしでも、打撃でも、球の速さでもない。キャッチャーの選手がめちゃくちゃでかかったのである。当時の僕の身長は150センチ程度。チームで大きいやつでも160センチは無かったはずだ。しかし、相手のキャッチャーは170センチに迫ろうかという身長で、体重も筋肉で70キロはあろうかという巨体だった。今思うと、実はそう大きかったわけではない。プロに行くような選手はさらにもうひと回りでかいやつだってザラだ。しかし、そこは小学生。自分の観測圏内にない存在は、全て異次元の存在だったのである。

 

そんな異次元キャッチャーは、当然のようにめちゃくちゃ上手かった。本当はこいつ古田なんじゃないかと思うくらい上手かった。周りの選手もみんな上手かったが、こいつだけ格が違った。オーラがある。自信に満ちている。打球の速さもとんでもない。二塁送球などバズーカだ。甲斐キャノンだ。

 

その時思ったのだ。ああ、こういうやつがプロになるんだろうな、と。同時に、少年が持っていた無邪気で淡い夢を諦めた瞬間でもあった。

 

試合の結果は語る必要もあるまい。ボコボコにされた。しかし、そこは本題ではない。さきほども申し上げた通り、この市内最強と最弱は隣同士の小学校だった。そしてそのちょうど真ん中あたりに中学校がある。そう。最強と最弱が、中学校で交わるのだ。

 

中学入学当時、やはりあいつ、Tくんはデカくて上手かった。キャッチャーのみならずほぼ全てのポジションを高いレベルでこなしていた。1年生の春の大会から普通に試合に出ていた。そしてその地域の有望株がみなそうするように、Tくんはシニアのチームに入団した。やはり、雲の上の存在だったのだ。

 

そうこうしているうちに青春のページは光の速さでめくられていき、中学3年生になっていた。その間に僕は野球こそあまり上手くはならなかったが、身長は伸びて170センチを超えていた。いつの間にか、Tくんの身長を抜いていた。そう、Tくんは身長が伸びなかった。

 

これはなかなかショックだった。あのTくんが。絶対にプロになると思っていたTくんの身長が伸びなかった。170センチに迫ろうかと形容した身長が、いつしか170センチに満たない身長という形容に変わっていた。今思えばこのショックはいささか早計だったと言える。まさに森友哉と同じサイズなのだ。体のサイズは野球の上手さとイコールではない。

 

事実、野球は本当に上手かった。僕は普通の公立高校に進む一方で、彼は当時県内最強を誇った高校にスポーツ推薦で入学した。やはり雲の上の存在だ。きっと彼ならやってくれる。体のサイズというハンディキャップを物ともせず、名門校で活躍し、きっとドラフト指名される。そう信じていた。この時までは。

 

高3の夏。地元の新聞で見る、高校野球の結果。そこに彼の名前は載っていた。ひっそりと、ベンチ入り選手の一覧に。

 

雲の上の存在には、更に上の存在がいた。雲の上には大気圏があり、宇宙があった。

 

地を這いつくばる僕にとって、空は手が届かないほど高い。しかしその空を飛んでいてもなお、宇宙には程遠い。気の遠くなるほどの高さがそこにはある。

 

あるプロ選手はその破天荒さから、宇宙人と形容されることがある。しかし、僕から見ればプロ野球選手など全員宇宙人だ。宇宙人と宇宙人が戦っている。エイリアンVSプレデターみたいなものだ。きっと地球人であり地上人である僕には、想像もできないような世界なのだろう。想像もできないからこそ、雲の上の存在だったTくんよりも遥かに上手い宇宙人達に向かってヘタクソと憤ることができる。そんな不思議な現象が起こるのがプロ野球である。

 

その後、Tくんは大学でも野球を続けたが結局ドラフトに指名されることはなかった。候補に挙がることすらなかった。僕が雲の上だと思っていた存在は、もしかして地上の民だったのか?いや、違う。彼は間違いなく雲の上にいた。ただ、それでもなお高さが足りなかっただけだ。

 

上には上がいる。そんな諦めの言葉で締めくくりたくはない。野球やその他のスポーツに限らず、どんな分野でもトップはきっと宇宙人の集まりだ。そしてその宇宙人は、夢を与えられる。夢を与えられる存在であるべきだ。雲上人は人に夢を諦めさせ、さらにその上にいる宇宙人は夢を与えるんだ。そして僕は、今でも夢見ている。なにか、どの分野でもいい。夢を与えられる存在になりたいと。そんな子どものような夢を見ている。その夢を忘れることなく、僕は今日も地上を歩く。